M・M・LOコラム

第12

撮影行為を用いた不当要求に対する対応

 

悪質な苦情を執拗に行う者を指して「クレーマー」との語が用いられるようになって久しい。事業者であれば、その業務分野にかかわらず、多かれ少なかれこのクレーマーによる悪質なクレームに悩まされる機会があるのではなかろうか。

近時、クレーマーが、その悪質なクレームの一手段として、スマートフォン等で撮影行為を行うという事件を耳にする。北海道の衣料品店において、商品の欠陥についてクレームを入れた者が、対応した店員の土下座する様子を撮影しツイッターに投稿した、大阪のコンビニエンスストアにおいて、店長らに因縁をつけて商品を脅し取る際、同店長らの謝罪する様子を撮影し動画サイトに投稿した、などというものである。

これらは、写真や動画を撮影することによって、恐怖・困惑等の心理的圧迫を加え、それを悪質なクレームを受け入れさせるための一手段としているものであると評価することができる。

本コラムにおいては、このように、写真や動画の撮影が悪質なクレームを受け入れさせるための手段として用いられるようなケースに関する法的問題点と対応方法について考えたい。

まず、そもそも、このような撮影行為は、法的に違法といいうるものであろうか。

1つ目の考え方として、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有しているという点に着目することが考えられる。これは「肖像権」などと呼ばれるものである。すなわち、事業者も、みだりにその容ぼう等を撮影されないということについて法律上保護されるべき利益を有しているので、撮影行為が悪質なクレームの手段とされる場合、事業者は、同撮影行為を肖像権侵害だとして違法だといいうるものである。ただし、判例によると、肖像本人の承諾のない撮影が直ちに権利侵害として違法となるものではなく、行為の違法性は諸事情を総合考慮した上で判断される、という枠組みをとっており、その判断においては、「受忍限度を超えるか否か」という判断基準が用いられている。

2つ目の考え方として、事業者がその管理する施設において有している管理権に着目することが考えられる。これは施設管理権と呼ばれるものである。施設管理権とは、施設の所有者・管理者に認められる包括的な管理権で、その法的根拠は施設の所有権である。すなわち、所有者は、法令の制限内において、自由にその所有物を使用することができるため、所有権の濫用に当たるような特殊な事例は別とすれば、事業者は、原則として、自由に撮影行為を禁じ、あるいは撮影行為をする者に施設からの立退きを命じることができるものである。なお、民間企業が所有者から施設を賃借している場合も同様であり、民間企業は、施設の管理者として、原則として自由に撮影を禁じることができる。

その他、事業者と撮影行為を行う者との間の契約に着目すること、事業者の有する平穏な業務遂行権に着目すること、あるいは、撮影中に事業者の社会的評価を貶める言動が行われ、そのような言動が撮影された動画等をインターネット上に公開したというようなケースにおいては名誉棄損や信用棄損という観点で、それぞれ撮影行為の違法性を基礎づけることが考えうるが、いずれの場合であっても、撮影行為の違法性の判断要素として重要だと考えられるのは、「事業者が撮影行為を禁止していたか」ということである。例えば、事業所内の掲示において、「当事業所内においては写真・動画の撮影、録音等は禁止しております。許可のない写真・動画の撮影、録音等が行われた場合、速やかに削除していただきます。また、施設から退去していただく場合があります。」といったような注意書きがなされていたにもかかわらず撮影行為が行われたという場合、あるいはそうでなくとも、撮影行為に対して同趣旨の警告が口頭で明確になされたにもかかわらずなおも撮影行為が行われたという場合には、違法性が高くなるということができる。

それでは、事業者側が撮影行為の中止を明確になしているにもかかわらず、なお撮影行為が行われるという場合には如何に対応すればよいか。

このような場合には、それ以上の面談を中止したり、退去を求めたり(撮影行為が民間企業の施設でないところであるならば、自ら立ち去る)といった対応をとるのが原則的な対応と考えられる。このような場合、事業者としては、特に撮影行為が用いられているからといって特異な対応を取る必要はなく、一般的な不当要求対応の要領に従って対応していくことが適切であろう。一般論として、不当な要求に対応する際の基本的心構えとしては、毅然とした態度で、信念と気迫をもちながら、冷静に応対するということが重要であるとされている。顧客から撮影行為を用いて悪質なクレームを受けている場合などには、事業者として、顧客とのトラブルを警察に通報することに心理的なハードルをもつことも考えられるが、「機を失せず警察に通報する」というのも対応として重要なことであり、日頃からそのような状況の対応を、関係者で共有しておく必要もあろう。先に紹介した、コンビニエンスストアで店長らが謝罪する様子が撮影され、商品を脅し取られたという事件においては、撮影などが行われた実に7時間も後に店の商品が脅し取られるという結果が発生しているようであり、この事件においては、警察への通報の機を失していたと評価することができるのではなかろうか。

撮影行為がなされてしまった場合の対応として、撮影者を施設外へ運び出す、あるいは、撮影に用いられているカメラを手で押さえるといった、実力による排除行為をすることについては、基本的には慎重になるべきである。というのも、このような排除行為は、相手方の不当行為をエスカレートさせる危険があると共に、逆にそれが違法な実力行使であると相手方から主張される危険性をも有するためである。このような実力行使の違法性が問題となった裁判例を参照すると、実力行使により排除しなければならないという状況に至ったとしても、それまでに相当の説得や撮影中止等の警告、警察に対する出動要請等を行っておくべきであり、また、その実力行使の程度は必要最小限にとどめておくべきであるということができる。

結論として、毅然とした撮影中止等の警告及び機を失しない警察への通報の2点が撮影事案への対応の肝ということができる。

 

東口良司 2020.10.2